こんにちは。今日はロー時代に、取締役の「任務懈怠」についてまとめたものがあったのでアップします。
司法試験受験生の方の論文向けに書いたものなのですが、任務懈怠だけでなく、故意過失や帰責事由といったばくっとした概念について考える機会になると思いますので、ぜひ法律を勉強されている方皆さまに読んでいただけると幸いです。
ただし思いっきり長いです(汗)
1、423条の要件
423条の「任務懈怠」がよくわかりにくいのでまとめてみました。
まずは同条の要件は以下のようになるかと思います。
③④は今回のテーマからは省きます。
まず、帰責事由というのは条文上どこにも書いていません。しかし428条が任務を怠っても帰責事由がなければ責任を免れるとしています。ここにいう帰責事由とは「故意・過失」のことなのでこれも423条の要件という事になります。
そして423条の解釈をわかりにくくしているひとつの要因はいったいどこの要件の話をしているのかが漠然としているからではないでしょうか。
そこで
と定義します。
2、「冬の陣」である「任務懈怠」の中身について
取締役と会社の関係は委任に従うので(330条)、会社に対する関係で取締役は善管注意義務を負い(民644条)これが任務懈怠の中身という事になります。
(リークエ第2版P217参照。「役員が注意義務・忠実義務に違反したとき、言い換えれば、任務を怠ったとき」としているので、両者は同義です。)
あと善管注意義務と忠実義務(355条)の関係も後者は前者を具体的かつ注意的に規定したにとどまり、両者の内容は同質です。
そのため、
善管注意義務違反=忠実義務違反=任務懈怠
という等式が会社法では成り立つかと思います。
結局、上記公式より「任務懈怠」を認定するにあたっては、取締役に「善管注意義務違反」があったかをチェックすればいいという事になります。
それでは「善管注意義務」とは何か。これがわからなければチェックのしようがないので、この点についてもう少し掘り下げて解明してみたいと思います。
「善管注意」とは、社会において一般人につきその職業や地位に応じて取引上要求される程度の注意をいいます(川井民法第2版補訂版P15)
たとえば、サラ金業を営む株式会社「骨の髄まで」の甲東園支店にAさんが融資を受けるために来店してきたので、同社の取締役が接客したとします。
Aさんは、「手形、とびますとびます、融資してくれなきゃとびます」とせっぱつまっています。こんなときかわいそうだからといってお金を貸してはダメなわけです。
確かに融資自体は適法な金銭消費貸借契約であり、なんらかの法令に違反するというたぐいではありません(厳密にいうと貸金業規制法上の過剰融資の問題はありますがちょっとそれは無視で(汗))
しかし、「手形、とびますとびます」とかいっていつ倒産してもおかしくない人にお金を貸すのは、貸金業の取締役に期待される最低限の注意も払っていない。
つまり善良な管理者の注意義務に違反しているということになるわけです。
このように個別に法定されていなくても、善管注意義務の内容として(つまり民法644条や会社法355条により)要求されてくる義務というのが受任者たる取締役にはあるわけです。
3、善管注意義務のパターン
善管注意義務の内容を細かく分析しているなと思われるものに最高裁平成12年7月7日(判例百選第1版58事件、商法判例集Ⅰ-97)があります。
これは大口の顧客の損失を証券会社が肩代わりした事件ですが、その判旨にはこうあります。
「取締役を名あて人とし、取締役の受任者としての義務を一般的に定める商法二五四条三項(民法六四四条)、商法二五四条ノ三の規定(以下、併せて「一般規定」という。)及びこれを具体化する形で取締役がその職務遂行に際して遵守すべき義務を個別的に定める規定が、本規定にいう「法令」に含まれることは明らかであるが、さらに、商法その他の法令中の、会社を名あて人とし、会社がその業務を行うに際して遵守すべきすべての規定もこれに含まれるものと解するのが相当である。けだし、会社が法令を遵守すべきことは当然であるところ、取締役が、会社の業務執行を決定し、その執行に当たる立場にあるものであることからすれば、会社をして法令に違反させることのないようにするため、その職務遂行に際して会社を名あて人とする右の規定を遵守することもまた、取締役の会社に対する職務上の義務に属するというべきだからである。」
これによると善管注意義務のパターンとして3つに分解できるかと思います。
さっきの「手形とびますとびます」の事例について見ると、そういう人にお金を貸してはいけないという個別的な規定はありません。
しかし本来的な取締役の善管注意義務から導かれる義務なのでαに属するといえるでしょうか。
あと、MBOの判例もαに属するといえるかもしれません。
東京地裁平成23年2月18日ですが、
「取締役は、会社に対し、善良な管理者としての注意をもって職務を執行する義務を負うとともに(会社法330条、民法644条)、法令・定款及び株主総会の決議を遵守し、会社のために忠実に職務を行う義務を負っている(会社法355条)が、営利企業である株式会社にあっては、企業価値の向上を通じて、株主の共同利益を図ることが一般的な目的となるから、株式会社の取締役は、上記義務の一環として、株主の共同利益に配慮する義務を負っているものというべきである。」
と述べています。
まあ「株主の共同利益に配慮する義務」なんていうのは個別に会社法に規定されているわけではなく、善管注意義務という抽象的規範から直接導かれる義務といえるでしょう。
このようにαは個別の規定がないので、会社と取締役との関係からどのような義務が導かれるかを具体的に考える作業が必要になってきます。
次にβにグルーピングされるものとして、これはたくさんありますがたとえば「競業避止義務・356条1項1号」や「利益相反取引・同2号」に反する事が考えられます。監視義務違反なんかもこの類でしょう(362条2項2号)
そしてγは最初に挙げた平成12年の判例(顧客の損失を証券会社が肩代わりした事件)ですね。
4、「任務懈怠」と「帰責事由」の関係
次に、冬の陣である「任務懈怠」と夏の陣である「帰責事由」との関係について見てみたいと思います。
最初に①任務懈怠の要件と別個に②帰責事由が要件になっていると述べましたが、一般的に①任務懈怠を認定した上で別途、②帰責事由の有無を答案上認定する必要はないでしょう。
それは取締役が負う善管注意義務というのは手段債務だからです。
手段債務というのは,一定の結果に向けて最善の手段を尽くすことが債務の内容となっているものをいいます。
手段債務では,特定の結果が実現するかどうかは関係ないものとされます。
手段債務の例として,お医者さんの診療義務などが挙げられます。
これに対し,結果債務というのは,特定の結果の実現が債務の目的となっているものをいいます。
結果債務では,その特定の結果が実現しなかった場合,債務不履行となります。
結果債務の例として,大工さんの仕事完成義務などが挙げられます。
仮に医者の債務が結果債務だとしたら、たとえばガンを必ず治すという債務を負うことになります。
しかしこれは普通無理なので、ほとんどの医者が債務不履行責任を負うことになり、それでは誰も医者になろうとしないでしょう。
逆に大工さんの債務が手段債務だとしたら、「よし!家を作れるよう頑張ったらいいんですよね!」ってことで実際に家を作らなくても、そうなるように頑張れば代金をもらえるということになります。
これではだれも大工さんに仕事を頼みません。
会社法に話を戻しますが、取締役は例えば今期は経常利益を1000万円あげなければならないという結果債務を会社に対して負っているわけではありません(結果を出すように頑張ることは理想ですが、もしそれが債務の内容になるとしたら、任務懈怠責任を追及されまくることになり誰も取締役になりません)
あくまで取締役は善管注意義務をつくして職務を執行すること自体がその債務の内容です(江頭第4版P440)
このような注意義務を中核とする債務の場合、会社が当該取締役について債務の本旨に従った履行がなかったと証明することは、同時に取締役が注意義務をつくしていなかったという事を証明している事と同じであり、ひいては過失があるかを判断しているのとほぼ同じ事です。
なぜなら過失も注意義務違反だからです。
この事は結果債務と比較するとよくわかります。たとえば車を引き渡す債務は結果債務の典型例です。この場合、車を引き渡さなかったからといって、すぐに過失を基礎づける事ができるわけではないです。
なぜなら第三者が厳重に管理している売主の倉庫に入って車を燃やすという事もあり、この場合、車を渡すという債務は履行していませんが、売主に債務不履行責任を追及するにはその事につき過失がなかったのではないかという別途の判断が必要になるからです。
上記のような取締役の債務の特殊性があるため、①「任務懈怠」の要件認定とは別に②「帰責事由があること」の要件を答案上論述する必要は一般的にはないでしょう(もちろん②も要件である以上、丁寧に別途認定することが間違いとは思いませんが)
ただし、この点も取締役の「個別の義務規定」や「法令違反」(上記β、γ)なんかは、別異に解する余地があります。
善管注意義務の違反といっても、これらの場合、その内容がある法令の条文に違反したという形で明確です。そのため形式的に条文の要件に該当したとしても、注意義務違反があったかという認定までしているとは言えないので、別途過失の不存在による免責が認められないかが問題になってきます。
5、経営判断の原則の体系的位置づけ
次に経営判断の原則を要件上どこで論じるのかについて考えてみたいと思います。
これは最初に定義した舞台からすると冬の陣に位置づけられるでしょう。
つまり善管注意義務は尽くしたけど、経営判断の原則により免責されないかという論法ではなく、善管注意義務をつくしたか否かの判断基準そのものとして経営判断の原則が存在するという関係です(ハイブリッド会社法P168)
予備校の論証例ですが、参考にしてください(伊藤塾試験対策問題集論文商法P200)
業務執行上の判断であるAのこの決定が善管注意義務(330条、民法644条)違反があるのかが問題となる。
(1)利益獲得をめざす会社経営では、取締役は、通常、一定のリスクを伴う判断をすることになる。当該判断につき取締役を委縮させることは、株主の利益にはならない。
そこで、業務執行上の判断については取締役の広い裁量を認めるべきであり、裁量の範囲を超える場合にのみ善管注意義務に違反するというべきである。
具体的には、業界の通常の経営者として、当該状況のもとでの事実認識に不注意な誤りがなかったか、その事実に基づく意思決定の過程が著しく不合理なものでないか、という観点から善管注意義務に違反するか否かを判断すべきと考える(経営判断の原則)
(2)これを本問についてみると~
6、期待可能性
それと細かい話ですが、「任務懈怠」である冬の陣を主戦場とするのではなく、「夏の陣」を主戦場とするのは「故意・過失」に限られるわけではありません。
この他にも、「期待可能性」というのが考えられます。つまり「任務懈怠」はあったが、「期待可能性」がなかったので免責されないかという事も問題になります(リークエ第2版P217)
たとえば総会屋に脅されてお金を払ってしまった。こういう場合、会社のお金を何の対価もなく勝手に逸出させるのは一応「任務懈怠」とはいえます。
しかし、ヤクザにはむかうと後で何されるかわからないので、その程度いかんでは「期待可能性」がなく免責される余地は出てくるのではないでしょうか。
7、429条との関係
次に429条との関係について少し述べたいと思います。
まず、両者の条文の文言を比べてもらいたいのですが、注目すべき点は取締役のどのような行為を問題にしているかです。
423条は「その任務を怠ったときは」となっているのに対して、429条は「悪意又は重大な過失があったときは」となっています。
これはよくよく考えてみると当たり前っちゃー当たり前のことです。
なぜなら、423条は対会社との関係での取締役の責任を問題にしているからです。そして会社と取締役の関係は委任契約であり、にも関わらず任された任務を怠ったら(任務を懈怠したら)あかんやんという事でこういう規定ぶりになっているわけです。
それに対して、429条は取締役と第三者との法律関係を問題にしています。
ここにおいては、委任とかの契約関係は何もない。だから条文上に「その任務を怠ったとき」なんて書き方をするのがそもそもおかしいのです。だって第三者に対して取締役は何の任務も負っていないですから。
そのため、429条では「悪意又は重過失があったときは」という一般の不法行為のような規定ぶりになっているわけです。
とはいうものの、通説判例はご存じのとおりここもやはり第三者に対する悪意・重過失ではなく、会社に対する任務懈怠について悪意または重過失があったことを要件としています。
それは会社というのは経済社会において重要な地位を占めているからです。重要な地位にあるとその会社の一挙手一投足に対して多くの第三者が利害関係を有します。
とは言うものの、会社は自ら行動しているかというと、人間じゃないのでもちろんそんなことはできません。あくまで取締役らの行為に依存しているわけです。
そうすると、取締役が会社への任務を懈怠することにより、多くの会社外の第三者に損失をもたらす事が必然的に伴うような関係にあります。
そのため、民法の不法行為責任だけでは弱いという事でそれとは別の特別責任を課したのが429条と考えるわけです。
なので、答案でも対第三者への責任を問題にしているにも関わらず、要件の認定においては監視義務違反がなかったとか、いや経営判断の原則で大丈夫とか会社への任務懈怠があったかなかったかを認定すればいいのです。
なお、423条では任務懈怠と別に「故意・過失」は一般的に考慮しなくていいといっておきながら、429条では通説判例によると「任務懈怠につき悪意または重過失のあること」という要件にするのはちょっと矛盾するような気がしなくもないです。
しかしこの点は以下のように考えればいいのではないでしょうか。
423条も任務懈怠とは別に故意・過失が要件になっていないというわけではないです。上記のように両者はオーバーラップすることが多いので後者の要件が表にでてきていないだけです。
しかし429条は前述のごとく第三者との関係を問題にしているので条文の要件としては「悪意・重過失」とせざるをえない。しかしその文言の解釈として「会社への任務懈怠」と解する以上、条文上の要件にからめて「任務懈怠につき悪意または重過失」という規範にせざるを得ないのかと。そうじゃないと条文どこいったんって事になりますからね。
とはいっても判断作業は423条も429条も同じでいいはずです。あくまでも取締役が会社に対して「任務懈怠」を行ったか否か(もちろん423条は過失、429条は重過失という違いはありますが)を認定する作業であることについては共通しているわけです。
予備校本の論証例も意識的に文言を使い分けているので参考にしてください(伊藤塾試験対策問題集論文商法P211、P214)
8、利益供与禁止と任務懈怠
利益供与(120条)と任務懈怠の関係について少しふれておきます。
利益供与があった場合、供与した利益について関与した取締役に返還義務が課されています(120条4項)
この要件は「株主の権利の行使に関し」「会社の計算において」「財産上の利益を供与」「関与した取締役として法務省令で定める者」です。
あと実際に利益を供与した取締役でなければ無過失の証明により責任を免れる事ができます(同条4項但書)
注意点は「任務懈怠」が要件になっていないことです。
利益供与の反社会性に鑑みて、任務懈怠の有無にかかわらず、保証人のように扱って、会社に逸出した財産を戻させる特別な義務を取締役に課しているわけです。
そのため、120条4項による利益供与の責任を取締役に追及するにあたって「これこれの事情で取締役に任務懈怠があるから」という論法をおかしいことになります。
もっとも、利益供与が行われた場合に取締役に対して423条の任務懈怠責任を追及する事が排斥されるわけではありません。異なる条文なので、請求権競合の関係にたち、原告としては立証しやすい方を選択すればよいのです。
また、利益供与では取締役の責任の範囲は「供与した利益の返還」ですが、423条1項の場合は、「会社に生じた損害」という違いがあります(事例で考える会社法P348)
利益供与により、二次被害、三次被害が生じたような場合は423条の方が責任の範囲が広がるのでこちらで攻めた方がいいという事もあるでしょう(もっとも答案作成上は、考えられる請求権が複数ある場合はメリハリこそあれ、両方挙げた方がよいのが一般的かと思います)
以上です。
最後に一点、論文を書く際の注意点として
これは「大阪夏の陣」の要件なので~
とか書かないようにしてください(汗)